図1:スケール超越によるキメラ準粒子の実現のイメージ図

現代社会を支える電子デバイスの機能は物質中の「準粒子(物質中で粒子のように振る舞う量子力学的存在)」に由来する。多彩な準粒子の発見は物性物理学の最重要成果の一つであり、これによって複雑な物性現象をごく少数の準粒子の運動として理解できるようになった。例えば、結晶格子の振動、光、磁気、誘電分極、プラズマに関連する現象はそれぞれフォノン、フォトン、マグノン、ポラリトン、プラズモンで記述できる。このような多種多様の準粒子を結合させて新種を創出できれば、自在に目的の物性と機能を実現でき、物質科学全体に新展開がもたらせる。ところが実際の準粒子同士は、時間スケール・空間スケールの相違などにより独立に振る舞う場合がほとんどである。

そこで本領域では、人工構造、物質・分子設計、対称性設計などさまざまなスキームの導入により、スケールの相違を超越し(スケール超越)独立に研究されてきた準粒子同士を〝化学反応“ させて「キメラ(融合体)」を創出し、キメラ準粒子の物性、機能性を明らかにする(図1)。これにより物性研究の根底に変革をもたらし、高機能電子/光/量子/エネルギーデバイス実現に向けた新基盤を形成する。このような「キメラ準粒子科学」の構築が本領域の目的である。キメラ準粒子科学により準粒子の組み合わせを格段に増やせるのみならず、単一準粒子の特性の別の準粒子への転写や、外場に対して通常と異なる物理量が応答する現象(交差応答)を可能とし、単一準粒子で起こりえない新規物性現象の発見・提案が可能となる。

本領域の研究課題は、キメラ準粒子の創製方法の探索と理解、キメラ準粒子の新物性現象の探索、キメラ準粒子特有の萌芽的・挑戦的課題の探索の3つに大別される。

スケール超越

多種類の準粒子を「化学結合」させて新種を創出できれば、自在に目的の物性と機能を実現でき、物質科学全体に新展開がもたらせる。ところが実際の準粒子は独立に振る舞う場合が殆どである。2つの準粒子の結合を生み出すには、時間的スケールである時間周期、および空間的スケールである空間波長が、両準粒子で合致する必要がある。例えば、熱伝導を担うフォノンと磁気を担うマグノンに関して、波長と時間周期の関係を示す2本の線は交わらない(図2左図)ため、相互作用せず独立に振る舞う。このスケール断絶によって、異なるスケールごとに別々の学問領域・技術領域が形成され、研究開発が進められてきた。

しかしここで人工的長さスケールの追加をすると上の宿命から脱却し、複数の準粒子を結合して機能性を自在に操れる(スケール超越)。図2右のように、薄膜ヘテロ構造を作製すると準粒子スケール間に交点が生まれ相互作用が可能になる。即ち空間的構造により準粒子結合を引き起こしキメラ準粒子が創り出せる。

図2:フォノンとマグノンのキメラ準粒子生成

キメラ準粒子科学達成への指針

1. 人工構造によるキメラ準粒子

第一にメタマテリアルの活用である。メタマテリアルとは人工構造の集合で構成される人工材料で、例えば金属や誘電体の周期パターンなどである。空間的パターンにより人工スケールを導入し、波の回折を通じて元の準粒子と異なる波数の状態を作り出し、本来は反応しない準粒子と結合させる。第二に空間に閉じ込められた共振器型構造の導入である。系の並進対称性を破ることで波長整合条件が緩和され、更に閉じ込め効果により準粒子の強い混成が起きキメラ準粒子が生まれる。第三に人工構造体の時間的制御により、異なる時間周期を持つ準粒子間をも繋ぐ。

2. 物質・分子設計によるキメラ準粒子

さまざまな無機材料に加え、有機分子を導入して、対称性の破れが顕著な点、非平衡現象を起こしやすい点などの特性を活用する。有機分子やそれと無機物質の組み合わせ、有機-無機ハイブリッド材料等を舞台とし、従来パラダイムでは不可能なキメラ準粒子創製を行う。

3. 対称性設計によるキメラ準粒子

系の対称性の設計によりキメラ化を制御できる。例えば系の対称性が低下するとフォノンが回転成分を持ち、その回転成分は電子スピンと同じ対称性を持つため、フォノン-マグノン結合が生じる。また、対称性に起因する保存則を通じて準粒子の寿命を延ばすことで、準粒子結合を増大させ、キメラ準粒子を実現する。例えばマグノンは角運動量保存則により寿命が長いため、それを介して多様なキメラ準粒子(マグノン-フォノンやマグノン-フォトン等)を創出する。

キメラ準粒子が拓く新規物性・新機能

準粒子間結合により準粒子に新機能や新物性を付与でき、交差応答の新しい方向性が拓ける。例えば磁気を運ぶ音波の創出やフォトンとのキメラ化を通じ、電子、フォノン、マグノンの光制御が可能となる。また、時間・長さスケールが短い準粒子が担う物性現象は観測や利用が困難だが、スケールが長い準粒子と組み合わせれば観測や利用が容易になる。さらには準粒子間の結合により、通常は両方向に伝搬する準粒子に非相反性を付与でき、整流性のある熱流などの熱流制御、騒音を遮断しつつ音を伝える音の一方向制御技術が可能になる。また、外場による制御性の高い準粒子とのキメラ化により、様々な準粒子の選択的励起や局所励起を実現する。またキメラ準粒子科学は非線形現象の宝庫であり、非線形性を利用したキメラ準粒子創成や、非線形現象の巨大化が多様な系で実現可能と考えられる。図3にさまざまな研究展開の例を示す。

キメラ準粒子科学での分野融合

上記のスケール超越の1.~3.の枠組みは、スピントロニクス、キラル分子科学、メタマテリアルの3分野で別々に見出されつつあるものであり、今まさに、こうした知見を統合し複合準粒子の科学を展開する好機にあることが、本領域の発足につながっている。 本研究領域では、この3分野の研究者が緊密な連携の下キメラ準粒子科学の開拓を行う。この分野の組み合わせでのプロジェクトは世界初であり、こうした知見の統合が準粒子の科学に関する学術の変革につながるとともに、そこに携わる若手研究者に活躍の場を提供する。